2013年10月15日

くすの木賞授賞式

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【くすの木賞受賞者紹介】
受賞者 新井克弥 様
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1960年   静岡生まれ
1998年4月 宮崎公立大学専任講師のち、准教授。
2005年4月 ひむかかるたプロジェクトのリーダーとして事業開始。
2006年から2007年にかけて、ゼミ生中心にかるた制作活動。
2007年4月 ひむかかるた第1版発行。
2008年2月 第1回ひむかかるた競技会開催。
2008年4月 関東学院大学教授。
2012年6月 ひむかかるた協会設立。会長に就任。
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ひむかかるたの制作と普及を通して、宮崎の子供たちの育成に努められ、現在に至る。

※詳しくはホームページをご覧下さい。


「物語ること」を教えることの重要性

関東学院大学教授 新井克弥 様


近頃の大学生は「物語」を紡ぎ出すことができない。たとえば自己紹介をさせても名前、出身、趣味を語ると、その後が続かない。
この原因のひとつは情報ソースの多様化だ。今やインターネットの時代。至る所から情報入手が可能。だから必要な情報を自由に取り込めるように思えるが、自分が見えていない若年世代にはこの状況はむしろつかみどころのないカオスに映ってしまうのだ。もう一つは教育の問題だ。戦後、学校教育は教育の合理化・効率化を求めそのシステムを細分化させる作業を続けてきた。だが、それはかえって作業を繁雑・煩雑にし、彼らが学習に取り組む方法を不透明にさせてしまったのだ。その典型は英語教育で、文法、リーダー、英作文、英会話と細分化したためにポイントがつかめなくなっている。
人は自らが何者であるか知ろうと欲する。そうすることで自分がすべきことを考えることができるからだ。だが、そのためには自己イメージ、つまり「対象化された他者としての自分」を知っている必要がある。これは「自分という他人」を物語ることで初めて可能になる。この「自己についての物語」は、他者との関わりの中で形成される。他者と関わりあう中で、次第に「他人とは異なる自分という物語」を発見していくのだ。必然的にこのプロセスは多くの他者を要求するが、関わりが多いほど自己は相手の空気を読めて、かつ自由に行動できるものとなる。つまり自己についての物語は社会性を獲得する手段。「自己についての物語」と「社会についての物語」は同時に形成されるものなのだ。
だが、物語を語れない状況が構築されている。これは「自らを物語れない」、つまり「自己がない」と言うこと。だから、自己紹介がまともにできないのである。そして、それは必然的に「社会を知らない」ということでもある。
では、どうするべきか。それは情報を「断捨離してあげること」だ。大人の側が情報を選択し、数を限定して若者に提供するのである。これによって若者は情報をじっくり吟味し、さまざまな状況の中に流し込んで運用することが可能になる。これは情報を単なる「知識」ではなく、社会的に運用可能な「知恵」にまで昇華させることに他ならない。こういった生きた情報=知恵を揺籃としながら物語を紡ぎだすこと。それが結果として若者が自己を構築し、ひいては社会を変革する力をもたらすのである。
情報を噛みしめること。情報過多の時代だからこそ、今こういったことが求められている。



宮崎中央ロータリークラブ


posted by 宮崎中央RC at 09:58| 「くすの木」賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする